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東京地方裁判所 昭和33年(行モ)1号 決定 1958年5月12日

申立人 国

被申立人 中央労働委員会

主文

当裁判所が申立人中央労働委員会、被申立人東京都知事間の当庁昭和三一年(行モ)第一三号緊急命令事件について昭和三一年八月二〇日なした緊急命令中「解雇から右復帰するまでの間中村清哉の受くべかりし諸給与相当額を支払わなければならない。」とあるを昭和三三年五月以降「解雇から右復帰するまでの間中村清哉に対し給与として毎月金二五〇〇〇円(税込み)あてをその翌月一〇日に支払わなければならない。」と変更する。

理由

一  本件記録によれば

(1)  主文掲記の緊急命令申立事件について、当裁判所が昭和三一年八月二〇日中央労働委員会がその救済を支持した中村清哉を原職に復帰させ、解雇の日から原職に復帰するまでの間同人の受くべかりし諸給与相当額を支払わなければならないことを趣旨とする緊急命令を発したこと

(2)  右命令による中村清哉の原職復帰はまだ実現していないが、国は同人に対し右命令後昭和三三年三月末日まで同人の諸給与相当額(夏期手当、年末手当をふくむ。)として合計一八九〇三八八円を支払い、現在月額二九四〇〇円を支払つていること

(3)  その間中村清哉も日本育英会、恩給局、財団法人学徒援護会に逐次勤務し、約六八万円程度の給与の支払を受けたこと

(4)  中村清哉は現在右学徒援護会に試傭員として勤務し、月額一九〇〇〇円位の給与を受けていること

(5)  中村は現在病弱な妻と本年一月出生し人工栄養中の娘をいれ二人の子女をかかえていること

が認められる。

二  緊急命令取消申立人は右(1)ないし(4)の事情から見て中村は生活に困窮していないから、緊急命令は取り消さるべきものと主張する。

(1)  しかし同人は、その原職復帰が実現しないため、やむを得ず他に就職したものと認められ、同人に原職復帰の意思がないと断ずることはできないところである。

(2)  そして中村の原職復帰が実現できないでいるにもかかわらず、何人からも当裁判所に緊急命令違反の申告がないところから見るとその実現未了の点については、国や東京都知事側にも相当の事情があるものと推認される。また当裁判所も中村の復職実現について関係係官の努力があつたものと想像している。

しかしかような事情にもかかわらず大局的に見てかかる場合にも労働組合法の理想とするところが阻碍されているというべきことは疑問の余地がないところであつて、かかる場合に復職不能について何等の責もないのにかかわらず、復職できず他に就職せざるを得ない労働者に対し、他に就職すれば最早緊急命令の必要なしとする如きことは労働組合法の所期せざるところと解するのが相当であろう。

(3)  従つて中村が現在学徒援護会に就職し月額一九〇〇〇円程度の収入があるということだけで緊急命令の必要なしとすることはできない。

三  そうして中村には前記一の(5)の事情もあり、また同人は折角労働委員会の救済を受けたが、原職には復帰できず、他方その救済が未確定という中途半端な立場に立つためであろうが、解雇後も定職というべき程の職業にもつけず、すでに三ケ所の就職先を転々とし現在の学徒援護会も試用中という不安定な状態にあるのであるから緊急命令の必要は依然存するというべきである。

四  しかし当裁判所の先に発した緊急命令後の国の給与の支給状況中村の他よりの収入状況特に同人の昭和三二年一一月頃より本年二月頃までの収入状況が著しく好転した事情から見ると、昭和三三年五月以降は同人が給与の支払を受ける必要は主文の限度をもつて満たされるものと認めるのが相当である。

五  よつて当裁判所の先になした主文掲記の緊急命令を将来に向つて変更するのを相当と認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

【参考資料一】

緊急命令取消申立

申立の趣旨

申立人中央労働委員会、被申立人東京都知事安井誠一郎間の昭和三十一年(行モ)第十三号緊急命令申立事件について御庁が昭和三十一年八月二十日なした命令は、これを取消す。との決定を求める。

申立の理由

一、御庁昭和三十一年(行モ)第十三号緊急命令申立事件において、申立人中央労働委員会から緊急命令の申立があり、本件申立人に対し、「当裁判所昭和三十一年(行)第二号不当労働行為再審査棄却命令取消請求事件の判決確定に至るまで、申立人が被申立人に対してなした中労委昭和三十年(不再)第一号不当労働行為再審査申立事件の命令に従い、中村清哉を昭和二十八年六月二十九日当時の原職またはこれと同等の職に復帰させると共に、解雇から右復帰までの間に同人の受くべかりし諸給与相当額を支払わなければならない」との命令があつたが、右申立外中村清哉は、次に述べるとおり、生活に困窮しているものとは考えられず、緊急命令の必要を欠くものであるから、本件緊急命令は取り消さるべきものである。

申立外中村清哉は、昭和三十年三月七日総理府恩給局に事務補助員として採用され、現在まで引き続き勤務しており、昭和三十二年中に俸給一二〇、六四二円、扶養手当一四、四〇〇円、暫定手当(勤務地手当)二四、四六八円、超勤手当六、五一三円、期末勤勉手当三五、三〇六円、合計二〇一、三二九円、平均月額一六、七六〇円の給与の支給を受けている。

二、申立人は、緊急命令は、一種の仮処分命令であつて、解雇された労働者が解雇の後、他に就職して新勤務先から給与を受け、生活に困窮していないという事情は、緊急命令の必要性として考慮されるべきものであると考える。

「緊急命令の必要性の有無は、主として使用者が救済命令を自発的且つ誠実に履行する意思を有するかどうかによつて判断すべきものであつて、救済命令の不履行によつて労働者が被る損害又は生活の困窮の如何によつてのみ判断すべきものではないと解するのが相当である。」とする見解があるが、労働者が生活に困窮しているかどうかの問題が全く緊急命令の必要性として考慮すべきものでないとすることには、申立人は承服できないところである。

労働組合法が緊急命令の申立権を労働委員会に与えている趣旨は、具体的な事案において労働者の生活の困窮の如何を考慮する余地を委員会に与えているものと解され、現に労働委員会は、緊急命令の申立をするに当つては、「もし訴訟の解決するまで申立人委員会の発した救済命令の内容が実現されないならば、右の救済を受けた労働者及びその家族の生活は甚しく窮乏し恢復すべからざる損害を蒙ることは明かであるから」との趣旨の理由を挙げるのを常としているのであつて規定の趣旨を正解した申立であるということができると考える。

なお、労働組合法第二十七条第七項が緊急命令の取消、変更を許しているのは、いわゆる被保全権利の存否のみならず緊急命令の必要性を考慮して、裁判所が相当の処分をなすことを認めた趣旨のものと解されるのであるが、この趣旨からしても、労働者の生活の困窮如何は、必要性の問題として全く考慮すべき事項でないとは考えられないところである。

申立人は、右の見地から、本件緊急命令は取り消さるべきもの、また、少くとも労働者が新勤務先から支給される給与額を考慮して変更されるべきものであると考えるので本申立に及んだ次第である。

【参考資料二】

緊急命令申立事件

(東京地方昭和三一年(行モ)第一三号昭和三一年八月二〇日決定)

申立人 中央労働委員会

被申立人 東京都知事

主文

被申立人は、当裁判所昭和三十一年(行)第二号不当労働行為再審査棄却命令取消請求事件の判決確定に至るまで、申立人が被申立人に対してなした中労委昭和三十年(不再)第一号不当労働行為再審査申立事件の命令に従い、中村清哉を昭和二十八年六月二十九日当時の原職またはこれと同等の職に復帰させると共に、解雇から右復帰するまでの間に同人の受くべかりし諸給与相当額を支払わなければならない。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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